速度違反は1km/hであっても違法だ! その通りですけどね~

警察や省庁に対して厳しい私ながら、納得出来るブブンも少なくない。例えば制限速度は1km/hでも超えたら違反である。だったらクルマも制限速度以上出ないようにすればいいのだけれど、日本で販売されている日本車の場合、メーター読み180km/hまで出せてしまう。国交省と自動車メーカーの協定のようなもの。警察も1km/hオーバーで捕まえることなどない。

ノルマが足りなく困っているときで10km/hオーバーあたりから。普通なら12~13km/hがボーダーラインになっていると思う。そもそも警察官や裁判官だって制限速度を厳格に守り走っているかとなれば、明確に「いいえ!」だ。そんなこんなで、多くの原理主義者が「出ないようにしろ!」と言っているのを無視し、100~180km/hまでの速度を「灰色」としているのだった。

こういったことは社会にたくさん溢れている。私の理想は全てのブブンが灰色でも、犯罪の起きない社会です。警察官や役人の居ない離島などに行くと、そういった社会も少なくない。とはいえある程度の人数がいる社会だと、古今東西一定の割合で犯罪者は出てくる。黒と白をハッキリ分けなければならないと思う。ちなみに圧政の国ほど灰色の幅が少ない。北朝鮮など好例。

さて。灰色のブブンを決めるのは、民意や世論である。その判断材料を提供するのがメディアでありジャーナリストの自由闊達な論議だと思う。昨日77歳のドライバーのあおり行為で「あれくらいで暴行になるのか」について書いた。ジツは他のメディアにも同じような内容の原稿を書いたのだけれど「警察や被害者は加害者の身体に触れたと言ってる。暴行だ」と却下されてしまった。

確かに1km/hの速度違反と同じで、厳密に言えば被害を受けた人が「普通では無い対応をされた」だけで暴行になる。けれど1km/hの速度違反で検挙された人がいないのと同じく「怒鳴った」とか「押した」程度で逮捕されたケースなどない(何日も続いていれば話は別)。私の原稿では「暴行のハードルを低くしていいのか?」と書き、続けて「ハードル低くするなら皆さんそれに習おう」。

つまり灰色の解釈の範囲を警察は変えるのか、ということをテーマにした。されど「あれは暴行だ」とメディアが決めてしまい、そんな記事は掲載できないと言われてしまったら、もはやメディアの意義を投げ出すようなもの。ナニかにビビっているのか? という状況だからこそ、我が国は世界180カ国を対象にしたという無様な順位になった。

それ以上に私が書きたかったことは「ケンカ売られる原因を作らないことも報道しましょう」ということ。それこそ自分の身を守るために必要だし、灰色だけで平穏に暮らせる社会作りに重要である。「人がイヤだと思うことをしないこと」は社会の基本だと思う。むしろ後半に重点を置いたのだけれど「暴行の解釈が間違い」という一点で原理主義者は納得出来ないのだろう。

確かに灰色の解釈をした記事を書くと白以外は認めない原理主義者からクレームを受ける。ビミョウな記事を書くと「炎上商法だ」と言われる始末。そんなこと気にしていたらメディアなんかやってられない、と思うのだけれど、編集担当者が原理主義者だったらいかんともしがたい。今後、大手メディアでは灰色の幅の論議が出来なくなっていくかもしれません。

原理主義者のせいで自転車も乗りにくくなりました。(泣)

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