ひぃ~歯が抜けた~(11日)

マイりました! 義歯を外そうとしたら、どうやら隣の歯を引っ張ったらしい。「いててっ!」と思ったら、右犬歯が抜けてしまいました~。先日抜いた左犬歯と共に何度か激しい歯根囊胞炎を起こした”問題歯”で、右犬歯も根っ子の骨は無い。たまたま上手く垂直に引っ張られたのだろう。

多少の痛みだけでスポンと抜けてしまったのだった。抜かなくちゃならん歯だからして歓迎すべきなんだろうが、いかんせん歯医者さんお休み。犬歯と共にブリッジしていた2本も取れてしまったため、計3本無し。超カッコ悪い歯抜け親父になった。しくしく。撮影の仕事無くてよかったっす!

それにしてもイッキに涼しくなった。天気予報では日曜日に晴れて暑くなると言っているけれど、依然として北太平洋からの北東風が流れ込んでくると思う。晴れれば30度を超える。されど北東風吹いているウチは雲が取れないかもしれません。せっかくのお盆休みなのに残念です。

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上野レポート、山場へ!

朝、ホテルのモーニングサービスを食べにロビーへ降りる。フロントのカウンターに紙袋があるのが目に入る。「ハッピーフューエル」と「トラベルハッピー」の文字のシールで封がしてある。なんか気が利いてるね。ハンプトンインでつないで、アメリカ大陸を渡る旅もいいかなと思った。

インターステートで80kmほど走り、一般道の田舎道に競技区間を設定してあるのが、グレートレースのだいたいのパターン。今日ものどかな道を進んでいくと、馬車が走る街に入った。牧場にも馬の姿があるので、出場しているマスタングに絡めて写真を撮ってみる。通り抜けるだけなのも惜しいと思うが、チームスタッフには時間がないのです。残念。

午後はメディアカーに乗り換えて、スバル360国沢号に同行する。とある競技区間の手前で、時間待ちを兼ねた休憩をとる。ガソリンスタンドとコンビニを兼ねた店の裏で休んでいると、隣に止まったのが初代フィアットムルティプラ。スバル360同様、空冷リアエンジンの非力な車同士だ。

ドライバーが「ディス・ガイ」で、コドラが「ザット・ガイ」というコンビで参加してる。日本語にしたら「こいつ」と「あいつ」。陽気に撮影に応じてくれた彼らは、同じレースに参加してる仲間と認めてくれたのだろうか、後に私は彼らに今回一番の宝をもらうことになる。順調に事が進むと文章も短くなる。

夕方予定通りデイゴールのイプシランティの街へ。ここはヨーロッパを感じさせる街だ。普段スナップをあまり撮らないカメラマンも、珍しくあちらこちらにカメラを向ける。そしてチーム国沢のGuys3人衆は、そのカメラの前でおちゃらける。あんまりできなかったよね、こんな事。本来毎日こんな顔してるはずだったのだけど。

小さなスバルも人気者。座ってみてよと誘ってみると、観客誰もが大喜びで乗ってくる。「ソー、キュート!」の声も何度も聞いた。大人も子供も笑顔にしてしまうって素晴らしい。そして基本的に車が好きなのでしょう。やっぱり素晴らしい。


昨日からミシガン州に入り、この先もずっとミシガン。基本的にはほぼ北上だが、そこは指示に従い進むので、どっちに向かっているのかわからない。街道沿いの畑の作物は麦が多くなってきた。刈り取りも近い。

それ以上に街ごとに家並みが変わるのも面白い。スバル360国沢号に先行して走り、街並みに惹かれ足を止めたところに、参加車のジャガーが止まっていた。休憩ではない様子。「クラッチがダメになった。でも直して明日は走るよ」こんな会話でも笑顔なんだから恐れ入る。「グッドラック!」

じきに、国沢号もそこを通り抜ける。万全じゃないのはこちらも同じ。残りの日程も短くなってきたのだから、どちらも最後まで走ってほしい。

途中コースは国道24号線を指示される。これこそが現存するディクシーハイウェイ。今年のグレートレースのテーマになっている道だ。100年以上前に計画された、広大な土地を南北に繋ぐ道路網の現存区間である。現在では立派な一級国道だが、その昔はどんな車がどんな人々を運んだのか、想像してみるのも悪くない。

ランチストップはチェスターフィールドという街の自動車博物館。アメリカは国中に車の博物館があるらしい。それも伝説の名車的なものを展示してるんじゃないのがいい。歴史と生活を乗せて走ったような車が、展示のメインだ。日本とは文化の深さが全く違うことを思い知らせてくれた。

午後は昨日同様、国沢号と同行のメディアカーに乗り換える。何事もなく、順調に競技にできるものだと思っていたが、この午後は様子が違った。普通に走り続ける事が出来なくなってしまったのだ。

燃料が沸騰してしまう、パーコレーションを本格的に起こしているらしい。日本でいうなら緯度的に函館よりも北を走っている。なのに日中は30度前後になる高温のせいだと思われた。キャブレターに水をかけて冷やして、休ませてはまた走ることを繰り返す。そんな中、国沢号は大ミスコースを犯してしまった。

後続でミスに気づいた私は、諦めてコース図を閉じてしまったほど。しかしこの極限の状況で、コドラのなつきさんは戦っている。もう誰も責めることなど出来ない世界だ。早くコースに戻れるように祈りながら後に続く。しばらくさまよった頃に、他の車両に遭遇。コースを逆回りに走っていたことに気がつき、復帰を果たす。

その後、コース復帰後にも何度も止まる。おそらく両手の数じゃ足りないほど止まったころ、喜多見さんが閃いた。「燃料詰まりじゃないか?」このスバル360という車、生まれて優に半世紀以上。その間にはガソリンタンクの中にゴミも堆積してきたことだろう。それが走行や追突のショックで舞い上がり、燃料系統をふさいでいるという推理だ。

燃料フィルターを外してみる。案の定赤黒い、錆のようなゴミがたっぷり溜まっていた。フィルターを清掃したら、国沢号は息を吹き返した。最後の給油中にスイーパーに追いつかれるも、なつきさんは競技続行の意思を伝える。完全なテールエンダーになってしまっても、諦めるなんて選択肢は存在しないのだ。


夕暮れ近く田舎道を進む国沢号。すでに満身創痍の状態を通り越しているはずなのに、いきなり息を吹き返したようだ。追走する車のハンドルを握りながら、喜多見さんが突然叫んだ。「本気で走れ!勝とうと思わなければ負けることもできねえんだ!本気で攻めて壊れたなら、全部俺が直してやる!」

戦いに身を置いたことがなければ、そんな言葉は出ない。激が届いたか、スバル360はデイゴールに向けて勢いを増した。田舎道は荒れている。そこを舞うように走る国沢号。飛行機の末裔たる身のこなしだ。「大将~、走るようになったからって調子に乗りすぎないでよね~」と喜多見さん。それも激しく同意する。

パルクフェルメも解けるころ、国沢号はこの日のゴール、フランケンマスにたどり着いた。セレモニーなんてとっくに終わっているのに、観客は多い。そして歓迎の嵐。参加者の態度もだいぶ変わった。126号車のウェインおじさんは、なぜか私にまでカメラを向けてくれたし、25号車のスコットおじさんは、ずっとここまでスバル360が気になっていたんだろうなと思った。

その日のゴールに安堵する国沢さんたちに、嬉しい報せが届いた。エースの獲得だ。エースとは、指定の競技区間を1秒の狂いもなく走ったという証だ。この日二番目の競技区間でエース獲得。指定速度に乗るのもやっとのスバル360国沢号にとっては奇跡に近い快挙だ。

コドラのなつきさんも結果笑顔。その後フロリダのスタート前に、ルーキー講座の補習をしてくれたお母様と、宿でばったり。頑張ってるのを理解してくれていたのでしょう。会うなり抱きしめてくれた。苦労が報われた日かもしれない。

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