極東地域最大級の緊張状態に(10日)

アメリカに対する北の挑発は少しばかり危険だ。ここまでやられて黙っていたらトランプ大統領だってカンペキに「腰抜け!」とされてしまう。本当にグアム近海へ向けミサイルを4発撃ったら、もはや只じゃ済むまい。というかここまで露骨にプレッシャーを掛けられたアメリカなど見たことない。

常識的に考えるなら、事前に発射場所を精密攻撃すると思う。これで北が少しでも反撃したら、文字通りボコボコにやられるだろう。心配なのが韓国。少なくとも安価な兵器が飛んでくる範囲内から脱出すべき。仁川空港やソウルなど最も危険。在韓アメリカ人に避難勧告出るか注意を。

ちなみに我が国は島根や広島、高知にPAC3を配備していない、なんて竹槍でB29を落とすようなことを民進党が質問していた。徹底的にセンス無し! PAC3の最大射程20km。グアムを狙う弾道ミサイルの最高高度、最も低いとしても300km。一桁違う。途中で落ちるなら爆発してます。

ボルボから連絡あり「お盆休みにクルマを空けておくのももったいないから試乗しませんか?」。ということで入ったばかりの2018年モデルのV90T5。じっくりボルボの新世代運転アシストを試してみたいと思っていたのでちょうどよい。というより乗り心地良くなっていたので驚く。いいね!

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上野レポートは追突された日の分です

コドラ担当のなつきさんの朝は、コース図のチェックから始まる。出発の30分前に、やっと当日のコース図がもらえる。その30分でその日のステージのおおまかなチェックをしなければいけない。当時にくじ引きもする。くじは、翌日の出発順を決めるものだ。一番ごとに出発が一分遅くなる。出発を聞いて、遅いとラッキーと思ったのは、私だけだっただろうか?

初日の抱きつき事件の大騒ぎ後、細かなトラブルがあるものの、車なりに順調に走行しているスバル360国沢号。この朝も、笑顔で宿泊地を後にした。今日も出発後すぐに、インターステートを使った高速移動。後から思えば何回も合流を繰り返す、少しやらしいインターチェンジだった。

今朝の私はサポートカーに乗り、ロケ地を探しながら先行する作戦。意地悪なコマ地図のトラップと格闘しながら、先を急ぐ我々の元に突然回頭命令が届いた。「マップ上の最初の給油地点に戻られたし」何もわからず合流した我々に、そこで目に飛び込んだのは受け入れられない現実だった。

国沢号のテールがベッコリ変形している。悪夢再び。ハイウェイの合流時、本線を走るミニバンに追突されてしまったのだ。スバルの小ささに目測を誤り、減速が間に合わなかったのではないかという推測。いつも元気ななつきさんの、追い抜きざまの写真の表情が曇っていたし、国沢さんもいつになく深刻な顔。

追突により変形したのはバンパーとエンジンフードが主。リアエンジンのスバル、ここには心臓が入っている。不幸中の幸いか乗員二人にケガは無く、車にも外観以上のダメージは無いようで、走行は続けられそう。唯一セルモーターのカプラーが外れていたのみだった。

高速出口すぐに今日のラリーステージの一本めがあり、給油と休憩のポイントであったため、うまく応急処置が間に合った。緊急点検後、再び走り出す国沢号。見えないダメージが気になる。祈りのレースがまた始まってしまった。

実はこの時、国沢さんはリタイアを考えたという。今のアメリカの流れに乗れないスバル360で長距離を走ることは、すでにリスクを負っている。ましてや自分一人ではなく、横にはコドラが乗っているのだ。それを聞き入れなかったのが、コドラ本人のなつきさん。断固たる意志のもと、国沢号の挑戦は続行されたのだ。

心配をよそに、農村地帯を国沢号は淡々と進む。進めなかったのは別働隊のほうで、大ミスコースをやらかした。途中で諦め引き返し、観戦していたリタイアードの先輩方に教えを請う。親切にも地図を引っ張り出して、丁寧に教えてくれたおかげで、ランチストップのオハイオ州ウォパコネタに先着できたのでした。

ウォパコネタの街ではサービス出動していた、消防のハシゴ車に乗せてもらう。サービスで全段伸ばしてくれて上空100フィートの世界へ。これはミスコースの罰ゲームか?スバル360が豆粒のようだ。ありがとう、若き消防士のシュミット君。こんな高さで作業するあなたたちはスゴい。この街を守をしっかり守ってくれることだろう。


午後は再びインディアナ州へ戻るルート。途中で屋根付き橋を渡ったりしながら、朝の不運を癒すかのように走る。「マディソン郡の橋みたいだ」と言って喜んでいたのは国沢さんだ。


しかし話は簡単に進まない。橋を渡る前には原因不明のエンストを起こしていた。燃料のオーバーヒートを疑い、キャブレターに水をかけて冷やしてみる。するとすんなり再始動するが、後にこの症状には悩まされることになる。

コード・デューセンバーグ博物館がこの日のゴール。今はない、歴史を彩った車達に、佳き時代のアメリカを想像してみたりする。アメ車がもう少し好きになった。


本日の宿、ハンプトンインの駐車場で、喜多見さんの本格修理が始まる。目の前にホームセンター、近くにウォルマートもあり、資材調達に便利な場所だったのが良かった。必要なものは、手分けして買ってこられたので、修理もはかどった。

修復がそろそろという頃、駐車場で盛り上がっている一団が差し入れを持ってきてくれた。ピザはいいとして、飲み物はいきなりストレートのバーボンかよ。一瞬で酔いがまわる。彼らはこれまでもフレンドリーに声かけてくれていたこともあり、チーム同士すぐに打ち解けあった。その中でもハワードってヤツが‥‥

「お前キヤノンで写真撮ってるよな。オレのカメラもいいだろう」って見せてきたのがライカのデジカメ。かなり高いやつ。その後もスマホの写真見せ合って、ホラの吹きあいの応酬するがこちらは旗色悪し。バハ1000に出ていい順位だったとか、弟が飛行機持ってるとか、とんでもない金持ちなのである。

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